特 集 ラムサール条約登録湿地 大山上池・下池の恵み 登録15周年  大山地区に位置する、「大山上池(おおやまかみいけ)・下池(しもいけ)」。学校行事などで訪れた方もいるのではないでしょうか。  大山上池・下池は、国際的な湿地の保全条約である「ラムサール条約」に、2008年に山形県内で唯一登録され、国際的にも環境の重要性が認められています。  今年10月で登録15周年を迎えることを機に、自然環境や池の恵みの活用について紹介します。  これから迎える紅葉の季節に、上池・下池を訪れてみませんか。 ◎問合せ 本所環境課?26‐0139 ドローン空撮で見る大山上池・下池と周辺。 写真左側が大山上池、右側が大山下池 条約の重要な考え方「ワイズユース」とは?  条約の基盤となるのが3つの柱「ワイズユース(賢く使うこと)」「保全・再生」「交流・学習」です。  生態系を維持し、湿地の恵みを持続的に活用するため、地域の人々のなりわいや生活と適度にバランスを取りながら保全を進めるという「ワイズユース」の考え方が重要視されています。 「ラムサール条約」とは  湿地の保全と「賢く使うこと」を目的とした国際的な条約です。正式名称は「特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約」で、1971年にイランの都市ラムサールで条約が締結されたため、この名前で呼ばれています。  条約でいう「湿地」とは浅い水辺の環境?のこと。淡水か海水か、天然か人工か等は問いません。現在、日本国内では、ため池や湖、渓流や湧水地、マングローブ林や干潟など、多様な環境の湿地53か所が登録されています。 登録湿地としての条件  ラムサール条約湿地に登録されるには、9つある基準の内、いずれか1つを満たす必要があります。  大山上池・下池(以下「上池・下池」)には2万?3万羽のマガモ、数千羽のコハクチョウの飛来があり、「絶滅のおそれのある種や群集を支えている」「定期的に2万羽以上の水鳥を支えている」など3つの基準を満たしています。 大山上池・下池の歴史  上池・下池は、1644年に描かれた庄内最古の絵図「正保庄内絵図(しょうほうしょうないえず)」に記載があることから、約400年前には存在していたと考えられています。  これまで、農業用水、コイ等の淡水魚の養殖、ボート遊びなど、時代に応じて様々な目的で活用されてきました。 正保庄内絵図(致道博物館蔵) 北が上になるよう修正、大山周辺を抜粋 上池・下池と野鳥たち 上池・下池は国の鳥獣保護地区・特別保護地区に指定されており、年間を通じて多くの野鳥を見ることができます。高館山や都沢湿地などを含め、周辺では約200種の鳥類が確認され、その内、冬の渡り鳥であるガン・カモ類は約25種が記録されています。 上池・下池の四季を撮影したプロモーションビデオが公開されています! 大山上池 面積:15.0ha 最大水深:2.6m 用途:農業・かんがい用ため池 管理:庄内赤川土地改良区 大山下池 面積:24.0ha 最大水深:3.94m 用途:農業・かんがい用ため池 管理:西郷土地改良区 コハクチョウ 翼を開くと2m程になる。庄内の冬の使者として知られる。 マガモ オスの頭は緑色で別名「アオクビ」。上池・下池は全国有数の越冬地。 カンムリカイツブリ 本来は冬鳥。近年、上池・下池での繁殖を確認。 オナガガモ 名のとおり、長い尾が特徴。近年、飛来数が増えている。 オオタカ 一年を通じて見られる猛きん類。冬にはカモ類を狙う姿も。 オオワシ 秋から冬に飛来。黄色く大きなくちばしが特徴の大型のワシ。 太田 威(おおたたけし)さん 自然写真家、「尾浦の自然を守る会」。大山上池の湖畔に居を構え、池の歴史や野鳥を撮影してきた  上池・下池には、かつてマガモだけでも7万5,000羽が飛来し、池を埋め尽くしたことがあります。  さらに、大型のコハクチョウやマガン、オオヒシクイなどとともに、コガモやヒドリガモ、キンクロハジロなどが渡ってきます。これらの水鳥を追って、猛きん類のオオワシやオジロワシなどが集まるので、上池・下池は生態系が息づく、自然度の高い環境なのです。  池に接する高館山と八森山には、低山では珍しい、豊かなブナ林が残っているのが大きな特徴です。 コハクチョウの渡来と越冬  毎年10月頃に渡来し、庄内平野に秋の深まりを告げるコハクチョウ。田んぼで餌をついばむ姿がなじみ深い光景となっています。コハクチョウは、遠くシベリアから日本に渡り、冬を過ごした後、2月下旬頃からまたユーラシア大陸北部へ戻っていきます。  上池・下池はコハクチョウなど冬鳥の越冬地としても知られていますが、以前は湖面が凍り、渡り鳥が冬越しに利用するには厳しい環境でした。  コハクチョウの渡来が増え始めたのは、池の水が凍らなくなった1980年代後半以降のことです。池の水の利用の仕方が変化して、冬期の水位が高くなったこと、池の水抜きを行わなくなったこと、また地球温暖化など、複数の要因があると考えられています。 2022年に、標識(首輪)が付いたコハクチョウが上池で確認されました。2020年にロシアのチャウン湾で捕獲された個体で、北海道士別市、新潟市福島潟等でも確認履歴があることから、上池・下池が約4,000kmに及ぶ渡りの重要な越冬地・中継地であることを示すデータとなりました。 写真提供:和田亮さん(表紙、マガモ、オナガガモ、オオタカ、オオワシ、標識コハクチョウ) ワイズユースの具体例@ ?伝統的な池の恵みの活用? 上池・下池は、農業用水として、そして様々な産物で地域に恵みを与えてきました。 農業用水としての上池・下池  上池・下池の水は、古くから周辺の米作りに利用されてきましたが、大山川から取水しやすくなったことで、農業用水としての利用は減少しました。池の水が使われなくなったことで、水質や周辺の植物などに影響が生じていると考えられています。 浮草組合の歴史と取り組み  浮草組合(うきくさくみあい)は、池に生えるハスなどの植物を採取する権利を持つ、全国的にも珍しい組合で、江戸時代から続いていると言われています。組合長の田中富雄(たなかとみお)さんは、農業を営みながら、毎年8月と9月に池に舟を出しています。 「8月には盆花としてハスを、9月にはレンコンを採っています。昔はレンコンを売ったお金で、稲刈りを手伝ってくれた人に日当を払っていたそうです」。副収入にもなったレンコンの収穫は、稲刈りの時期と重なります。忙しい中でも伝統を守り続け、技術を受け継いできました。 「最近、組合員以外の若い方が収穫を手伝ってくれるようになりました。今後は、花やレンコンの収穫を体験するツアーなど、多くの方に興味を持ってもらえることに挑戦したいですね。」と語ってくれました。 毎年8月10日と11日に、ハスの花や葉を収穫しています 浮草組合の皆さん 左から佐藤さん、加藤さん、田中さん、石井さん ワイズユースの具体例A ?これからの恵みの生かし方? 人と池との関わりが変化していく中で、新たな切り口から池の恵み・資源を活用する取り組みが始まっています。 新たな食材としてのチャレンジ  観賞用途が主だった浮草組合のハス。食材としての活用に挑戦しているのは、加茂水族館「魚匠ダイニング沖海月」料理長の須田さんです。 「ハスの美しさと滋養成分に着目しました。自然の恵みのすばらしさを知りながら味わってもらうことで、地域間の連携につなげたいです」。提供する御膳では、これまで食用としては扱われてこなかったハスの花を加工した料理が楽しめます。  池と海の恵みが結び付いて、新たな魅力を発信します。 須田剛史(すだたけし) さん 「大山はす御膳」は10月末まで同館レストランで提供 自然学習のフィールドとして  市や地域住民、学識経験者などで構成される庄内自然博物園構想推進協議会では、市民が自然との一体感を享受できるよう活動しています。協議会では、上池・下池を含めた周辺環境を、自然学習のフィールドとして位置付けています。  その拠点施設となる自然学習交流館ほとりあでは、「コハクチョウ初飛来日あてコンテスト」や「ぬり絵コンテスト」、「ボート遊び」などを通じて、上池・下池の自然環境や生き物に興味を持つ方を増やす取り組みを行っています。今後も様々なイベントなどで、周辺の自然と触れ合う機会を提供していきます。 コンテスト受賞者に副賞として贈られる「ほとりあ米」は、大山地区の農業法人・馬町さくらファームが下池の水を使って育てたお米。環境教育が、市民と池の恵みをつなぐ取り組みになっています。 座談会 上池・下池のこれまで?とこれから? ラムサール条約に登録されて今年で15年。市民が、そして行政が、これからの上池・下池について考える機会として、関係者による座談会を行いました。 佐藤 (さとう)まゆ さん 鶴岡南高校1年。登録10周年記念事業「こどもラムサールワークショップ」の参加者。大山在住 福井侑二郎(ふくいゆうじろう) さん 鶴岡中央高校3年。同じく「こどもラムサールワークショップ」の参加者。生き物の飼育が趣味 富樫均(とがしひとし)さん 自然学習交流館ほとりあ館長。元大山小学校校長。館長になって7年、周辺の四季を見つめてきた 皆川治(みなかわおさむ) 鶴岡市長。市の宝であるラムサール湿地:上池・下池の今後の活用を、市民とともに考え学んでいく ◆座談会の進行役 上山剛司(うえやまたけし) さん ほとりあ副館長・学芸員。開館以来、周辺の自然環境調査や関係者のコーディネートに尽力 上山 よろしくお願いします。まずは、皆さんにとっての上池・下池の魅力を聞かせてください。 福井 私は両生類が好きです。池の周りで聞こえる鳴き声が外来種のウシガエルばかりだったのが、最近は在来種のシュレーゲルアオガエルの声も聞こえて、いいなと思いました。 佐藤 犬の散歩で周囲を歩くと、季節の移り変わりを感じられます。それがこの地域の魅力で、大山に住んでいてよかったなと思っています。 富樫 夕暮れ時のコハクチョウのねぐら入り、その後のカモのねぐらだちはぜひ実際に見てもらいたいです。圧倒的な迫力に胸を打たれますよ。 市長 人が手を入れて維持してきた、世界にも誇れる環境だと思います。 恵みを持続的に活用するには 上山 池の周りを気持ちよく散歩したり、紅葉を見たりできるのも自然からの恵みですよね。一方、人の関わり方で、自然は変化してしまいます。恵みを持続的に使っていくにはどうしたらいいと思いますか。 富樫 まずは、多くの人に関心を持ってもらうこと。生の体験と感動を味わえるように、教育分野と連携した活動ができればいいと思います。 福井 友達に聞くと、自然に関わる機会が、学校の校外学習やレジャーに限られているんです。自然に関心がなくても楽しめそうな、コハクチョウのねぐら入りなどを入口に、興味を持ってもらいたいです。 佐藤 保全管理の作業も、1度やってみると楽しいんですよね。高校生からボランティアを募集したら来てくれそうだし、興味を持ってくれる人が増えるかもしれない。 市長 市でも、地域資源と教育が連携するコミュニティスクールを進めています。興味のある人が、気軽に参画できる仕組みを作っていくのが大事ですね。 課題は「関心の温度差」 富樫 池と人との関わりが減ったことで、水質の悪化などの問題も出てきています。生活で池に関わらない分、別の形で「関わって良かった」と思えるような、新しいつながりの場を作る必要があると考えています。 福井 生き物や自然が好きな人は保全や観察などの活動に関わっていくけれど、そこまで興味がない人との温度差がありますよね。 佐藤 大山では、小学校のときから池に来る機会がありますが、確かに全員が興味があるわけではありませんでした。 上山 夏休みに、ほとりあの「いのち学」というイベントで外来生物料理を作りました。最初は嫌がっていた子も、食べたら「おいしい!」と言っていました。体験の入口として「食」はすごくいいですね。 人と人をつなげて未来へ 市長 上池・下池は、ラムサール条約登録湿地というだけでなく、SDGsの取り組みを具体的に見ることができる場所だと再認識しました。市でも、関係者と協力しながら、しっかり取り組んでいきたいです。 上山 浮草組合さんの取り組みを、加茂水族館さんが食につなげているように、これからは多様な人が関わって接点を作っていくのが重要ですね。本日はありがとうございました。 一同 ありがとうございました。