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地域の概要

更新日:2015年1月21日

藤島地域の歴史

 庄内の中心にあり、古くは出羽国の要所として栄え、さまざまな歴史の波を越えてきた藤島地域。ここには先人の息吹を伝える貴重な財産が数多く残され、歴史のロマンや自然の偉大さをも伝えています。

藤島城跡

 藤島地域は平野の中央に位置し、和銅元年に出羽郡出羽国が置かれ、その中心として栄えました。戦国時代南朝の拠点として、鎮守府将軍北畠顕信が護永親王を報じて旗揚げしたのが藤島城だと言われています。
 鎌倉時代に、土佐林氏が藤島に築城し、その後源頼朝によって地頭として派遣された武藤氏に支配され、越後上杉、山形最上氏による領有争いの時代を経て、徳川家康の世に、庄内は最上氏に与えられました。藤島城にはその家臣新関因幡守が入城し、最上氏改易により廃城になるまで、さまざまな戦禍をくぐりぬけてきました。現在八幡神社が鎮座する城跡には、本丸の土塁や水堀、塹壕の一部が残っており、往時の面影を今に伝えています。
 このような古い歴史を持つ地域には、他にも歴史の遺産が数多く遺されています。なかでも「独木船(まるきぶね)」は奈良時代末期から平安時代後期に作られた割竹形の船で、すべてが一本の杉から作られ、現存するものとしては日本最大。現在、東田川文化記念館に常設展示されています。
 また、古木・巨木が多いのも藤島地域の特色の一つ。添川地区にある根子杉は、八本の木が、根元が一つの株からなっているという珍しいもの。樹齢350年以上と伝えられています。
 さらに、十文字開拓記念樹などが、地域の人々の目を楽しませてくれています。この記念樹は江戸時代初期、秋田県十文字から移住した人々の開拓成功を記念して植樹されたビャクダンの巨木で、県の文化財にも指定されています。
 このほかにも、発掘調査で発見された貴重な出土品も数多く、町が辿った時の証として、今も息づいています。舎利塔(しゃりとう)と呼ばれる五輪塔型の舎利用器は、出土品としては珍しく水晶でできているもので、透き通った輝きが、遥かな時を越えて歴史のロマンを呼び起こさせてくれています。

藤島地域の伝統芸能

 藤島地域内の各地に個性豊かな獅子踊りが保存伝承されています。はるか悠久の昔から、先人たちによって脈々と受け継がれてきた伝統芸能を後世に伝えて、ここに住む人々すべての心をつなぎあわせることができたら・・・。そんな想いを胸に、日々伝統芸能の保存・伝承に励む人がいる。その想いに応えようとする若い人がいる。さまざまな人がいるから受け継いでゆくことができる。藤島の伝統芸能の息吹は、熱い。

獅子踊り

 古くから藤島は獅子郷と呼ばれ、現在でも添川、東堀越、谷地興屋、大川渡、渡前、八色木、豊栄などの集落にそれぞれ獅子踊が保存・伝承しています。なかでも、特に添川両所神社御獅子舞は、市の無形文化財に指定され、8月18日の神社例祭時、毎年欠かさず奉納する事で知られています。信仰的には五穀豊穣や悪疫退散、天下泰平などを願って、その集落の若者によって代々踊られてきました。体力の消耗が激しいため、舞い手のほとんどが20代の若者です。
獅子踊りとともに、藤島地域には「神楽」も伝承されています。なかでも特に有名なのが、古郡集落に伝わる「古郡神楽」。毎年8月15日の池神社例祭の際に、保存会員によって奉納されます。添川集落に古くから伝わる伝統の舞い、両所神社獅子踊り。古郡神楽とともに鶴岡市無形文化財に指定されています。
地域にはこのほかにも、色彩豊かで勇壮活発な踊りが今も脈々と受け継がれています。

獅子踊り・神楽のくわしい情報

藤島地域の特産品

 日本有数の米どころ、庄内平野のどまんなか藤島。豊かな自然風土の中、人々のこだわりと情熱が高揚する。おいしい米をつくりたい。ただそれだけのために。

実りの秋

 穀倉地帯として知られる庄内平野のほぼ中央に位置する藤島地域は、古くから稲作を基幹産業として発展してきました。全国的に人気のブランド米「つや姫」の発祥の地としても知られています。最近では、米価の低迷、農産物の輸入自由化、産地間競争の激化と、農業をとりまく状況は厳しさを増しています。藤島地域では早くから循環型農業で「安心・安全」な農産物の生産に取り組んできました。
 農業の持つ可能性や魅力を探求していこうという逞しい農業人たちが動き出しています。米づくりのスタイルも、ただ収穫の多さだけを求めるものから、消費者が求めている品質の高い米づくり、各地のブランド米に負けない個性ある米づくりへと、変わってきています。新しい時代の農業への再生を目指し、新たな流通経路の開拓、低コスト化・省力化などに取り組むなど経営感覚を取り入れる一方、土づくりから肥料、細かい栽培方法までこだわりの米を作って、藤島ならではの銘柄米を生み出していこうと、多くの農業関係者たちが日夜奮闘しています。
 どこよりもおいしい米を作るために、また、若い人がやってみたいと思えるような魅力ある農業の確立へ、藤島の探求は、これからも続きます。「はえぬき」「どまんなか」そして「つや姫」などの優れた品質の庄内米を生んだ藤島地域。
 日本一おいしい米づくりを目指す農家の人々のあくなき情熱が一粒一粒に込められています。

 日本藤島の旨いものは米だけではありません。藤島の人々がそれぞれのこだわりで作り出す逸品の数々。それらは水晶のように美しい米に負けない輝きを放っています

純米大吟醸藤島

 豊かな大自然がもたらす藤島の特産は、バラエティ豊富な逸品揃いです。素材の良さを最大限にいかし、丹精込めて作られた品々は、「藤島ブランド」と呼ぶにふさわしいもの。
 藤島で生まれた酒造好適米「出羽燦々」を藤島の農家が低農薬で丹精込めて栽培し、45パーセントまで磨き醸した純米大吟醸「藤島」。正に藤島生まれ藤島育ちのフルーティなお酒です。
 採れたて新鮮な里の幸を漬け込んだ漬物は、素朴ななかにも手作りの温もりを感じさせてくれる古里の味として人気があります。
 また、和洋菓子も故郷の懐かしい香りや味わいを感じさせてくれます。さらに、健康志向にマッチした商品として、機能性野菜「すいおう」や「モロヘイヤ」を練り込んだ麺は健康食品として全国から注文が舞い込んでいます。
 食品以外にも、藤島のシンボルである「ふじ」を取り入れた陶器などの「ふじグッズ」が、新たな藤島のお土産品として注目されています。

深まる友好の絆  姉妹都市:北海道名寄市なよろし

 明治時代の北海道開拓が縁で、平成8年8月1日、姉妹都市の盟約を結んだ「旧藤島町」と「名寄市」。相互交流を積み重ね、友好の絆はますます深いものとなっています。

姉妹都市との交流

 名寄市は、北海道の北部に位置し、天塩川と名寄川の恵みと豊かな自然にあふれた農業を基幹産業とする、人口約2万9千人の都市です。夏冬の寒暖差が60℃に及ぶ気象条件を有し、夏には、ひまわり油の栽培用ひまわりや、観賞用ひまわりが咲き誇り、冬は、雪質日本一の名寄ピヤシリスキー場や、雪質日本一フェスティバルが開催されます。国内最北端の水稲耕作地として、また日本一のグリーンアスパラガスの生産地としても知られており、都市名の由来は、アイヌ語の「ナイ・オロ・プト」(渓流のそそぐ口)からきたと言われています。
 明治33年、旧藤島町添川集落出身の太田豊治氏を団長とする開拓移住団が、現在の名寄市曙地区で開拓を始めました。当時は、巨木やクマザサで覆われた荒地で、幾多の艱難辛苦の末に、国内最北端の水稲耕作地としての礎を築きました。名寄市はこの年を「名寄の開基」と定め、開基90周年目の平成2年、名寄市開基90周年、市制施行35周年記念式典に、旧藤島町長が招待されたことで交流が始まり、平成6年には、少年少女相互交流事業がスタートしました。平成8年8月1日、こうした歴史的な縁がきっかけで交流が活発化し、名寄市と旧藤島町は、姉妹都市の盟約を交わしました。名寄市では、平成8年に「名寄・藤島交流友の会」が、旧藤島町でも平成10年3月26日に「藤島・名寄交流友の会」が発足し、現在まで、お互いの住民が歴史や文化への相互理解を深めながら、友の会を中心に、互いの特産品販売や相互訪問交流事業を実施しており、平成19年には、小・中学校での学校給食の食材交流がはじまるなど、現在も、さらなる友好の絆を深め、さまざまな交流事業を展開しています。

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お問合わせ

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〒999-7696 山形県鶴岡市藤島字笹花25番地
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