広報つるおか2024.11月号
更新日:2024年10月25日
市長の一筆入魂(81)
この夏、パリの五輪の舞台で、かつてのお家芸に加え、ブレイキンやボルダリングなど、新たな競技でも日本人選手が躍動した。警戒する相手に何度もともえ投げを仕掛ける角田夏実選手。分かっていても投げられてしまう、その得意技を「好きな人」と表現していることが心に残った。
市役所の敷地内にタイムカプセルが埋められている。そんな話を聞いたのは、鶴岡町が鶴岡市になって100年目を迎える、ということの説明を受けていたときだったように思う。 市役所の正面玄関を出ると右手に小さな石碑が建っている。毎日何げなく通り過ぎていたその場所に埋まっていたのは、40年前のタイムカプセルだった。今から40年前、大正13年に全国で100番目の市として発足した鶴岡市は60周年を迎えていた。当時、私は小学校4年生。幻のモスクワの次の開催地として、ロサンゼルスでオリンピックが開催された年。「テレビばっかり、みてなさい」という言葉を覚えている方もいるのでは。夏休み、連日、体操の具志堅や、マラソンの瀬古、柔道の山下などの姿を追っていた。
9月29日、第二学区では25年ぶりとなる総合防災訓練が開催された。辰年の元旦、能登半島地震で1年が始まり、9月の連休には豪雨が再び被災地を襲った。山形県沖地震から5年をじっくりと振り返る暇もなく、激甚化する気象条件の下では、災害のリスクが、いつどこで顕在化するか分からない、という現実が突き付けられる中での訓練。赤川の水位の上昇と内水氾濫を想定して、避難所の開設から救助まで、本番さながらの訓練が行われた。
10月1日、その日に開封されたタイムカプセルに託されていたのは、40年後の市民、つまり市制100周年を迎えた私たちに宛てた手紙だった。その手紙には、鶴岡の魅力、未来への希望、合併の予言といったことが、今も色あせることなく詰まっていた。
防災訓練の際、朝暘二小の校舎の中で、「分け入っても分け入っても青い山」という種田山頭火が詠んだ俳句を見つけた。出羽三山と庄内平野、日本海に囲まれ、今も悠久の自然の中に生きる私たちは、来年、平成の大合併から20周年を迎える。山頭火が俳句に込めたものは、迷いながらも生きる覚悟だったように思う。
10月1日の市制施行記念式典の式辞で、論語に「楽しむ者に如かず」とあることに触れた。「これを知る者はこれを好む者に如かず」、「これを好む者はこれを楽しむ者に如かず」の言葉のとおり、確かに課題は山積しているが、目標を掲げ、知恵を絞り、楽しんでまちづくりをすれば、おのずと道は開けることだろう。私たちは大いなる自然と歴史を尊び、新たな産業を起こし、創造と伝統のまちを発展させていかなければならない。
皆川 治
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